オジロワシを調べる
我が国の絶滅危惧種で天然記念物にも指定されているオジロワシは、冬にロシアから北海道や東北地方へ渡り越冬する国内で最大級の大型猛禽類です。多くのオジロワシは雪解けが始まる春になると再びロシアへ渡っていきますが、一部のオジロワシは北海道に留まり繁殖しています。
オホーツク海に面した知床半島は、オジロワシが主食とする海の生物が多く生息していることもあり、道内でも有数のオジロワシの繁殖地となっています。
今回は知床で行われているオジロワシとその生息環境の保全に向けたモニタリング調査の取り組みをご紹介します。
長期モニタリング調査グループとは?
1980年代から地元の有志によってオジロワシの繁殖状況調査が行われてきました。2003年に、情報の共有やデータの効率的な収集を目的とした「知床半島オジロワシ長期モニタリング調査グループ」がつくられ、知床財団は調査グループの立ち上げ当初から、地元調査員や研究者と協力しながら斜里町・羅臼町の両町でオジロワシの繁殖状況調査を行っています。
調査とは?
現在、知床半島には40組ほどのオジロワシのつがいが生息していると推定されています。これらのつがいを対象に、オジロワシの繁殖が始まる3月上旬頃から生まれたヒナが巣立ちを迎える7月下旬頃にかけて、調査グループによる繁殖状況調査が毎年行われています。
長期モニタリング調査グループ
白木 彩子さん
知床と野生動物というキーワードから連想される筆頭は、近年では「クマやシカの管理」であろうか。この課題の重要性は言うまでもないが、世界遺産に登録された理由のひとつでもある、原生的環境下の希少猛禽類の生息の維持・保全もまた、知床の重大なミッションである。知床半島においては攪乱を避けた森林の大径木上で営巣し、河川や海の生物を主食とするオジロワシは、知床の陸海の生態系の健全性を計る上でも非常に重要な種である。オジロワシの営巣数や繁殖成功率のモニタリングは、希少種保全において必要不可欠な長期的動態の理解のために、極めて重要な知見を提供するものである。
一方で、既に17年間継続されてきたモニタリング調査が、現場レベルでの本種の保全対策に必ずしも役立てられていないことに物足りなさを感じる。調査の遂行だけに終わらず、可能な限り早期に問題の発生を捉えるため現地観察の結果や蓄積されたデータを常に洞察し、また、営巣地周辺において繁殖や生息に影響し得る出来事が生じていないか監視すること、そして対策を講ずることまでが本来のモニタリングである。
《Profile》
東京農業大学北海道オホーツクキャンパス准教授。専門は鳥類生態学・保全学。日露の陸海広域を利用して生息する海ワシ類個体群の保全に向け、ロシア人研究者との共同研究やオホーツク海域調査にも取り組んでいる。
これまでの調査から見えてきたこと
2004年から2020年までの17年間にわたる繁殖状況調査の結果から、知床半島で確認されたオジロワシの巣立ち幼鳥数(新たに誕生したオジロワシの数)は193羽と推定されます。年によって差はあるものの、近年は10羽以上の幼鳥が巣立っており、繁殖状況は比較的安定していると考えられます。
推定されるつがい数は緩やかに増加している傾向が認められますが、繁殖に失敗してしまうつがいも毎年一定数います。さらに、調査により繁殖の成否が確認できたつがい全体の内、20~30%は繁殖に失敗しているということが分かっています。
知床半島における巣立ち幼鳥の確認数
知床半島における推定生息つがい数
保全に向けた取り組み
オジロワシは一度に産める卵の数が他の鳥類に比べ少ないことに加え、産まれたヒナが成鳥になるまで生存する確率も高くないため、もともと生息数の少ないオジロワシにとっては、つがい数の増減や繁殖の成否が地域に生息する個体群に大きな影響を及ぼす恐れがあります。また、オジロワシはもともと警戒心が強く、繁殖期には更に警戒心が強くなるため、人が不用意に巣へ近づいてしまうことがあれば、オジロワシが営巣や育雛を止めてしまうことがあります。そのため、オジロワシの営巣地が、レクリエーションや狩猟などによる利用エリアと隣接していると考えられる場合には、これらの影響についても注視していく必要があります。
知床半島で繁殖するオジロワシは海岸の道路沿いに巣を作ることもしばしばあり、道路利用といった人間の生活行動に起因した人為的な攪乱を招きやすく、巣立って間もないオジロワシの幼鳥が走行中の車両と衝突し、負傷または死亡する事例も発生しています。
そのため、鳥獣の保護を担当する行政や関係機関との意思疎通を図り、負傷したオジロワシの収容状況やその後の経過、死亡した個体の情報などを提供してもらい、知床半島に生息するオジロワシのつがいや幼鳥の数の増減や、繁殖状況の変化を把握するために活用しています。
今後もオジロワシの繁殖状況や周囲の生息環境を継続的にモニタリングしていくため、安定的な調査体制を維持できるかが喫緊の課題となっています。
現在、調査の対象となるオジロワシのつがいの数が増加傾向にあり、これに応じた調査体制の再構築や人員確保のため、オジロワシの生態をよく理解し、適切に調査を行える人材の開拓や育成も今後考えていかなければなりません。
長期モニタリング調査グループ
中川 元さん
オジロワシは昭和の時代に大きく数を減らし、絶滅危惧種として保護されてきました。知床はオジロワシの重要な繁殖地です。知床が世界自然遺産に登録された理由の1つは、オジロワシなど絶滅危惧種の生息地になっていたからです。繁殖モニタリング調査は、つがい数の変化や繁殖状況の推移を毎年記録する地道な調査です。繁殖の様子を常に把握することは希少種の保護には大変重要です。幸いに調査開始以来、知床のつがい数は増加傾向を見せてきました。一方、大型猛禽類は環境の変化に影響を受けやすく、常に状況を見守っていく必要があります。知床には現在30つがいを超えるオジロワシが営巣しており、その繁殖状況を継続して調べることは容易ではありません。このモニタリング調査は地元のたくさんのメンバーが参加することで成り立っています。世界遺産に指定された知床の生物多様性を守り、希少猛禽類の保護を進めるために、このモニタリング調査は大きな役割を果たしています。
《Profile》
知床自然大学院大学設立財団・業務執行理事。斜里町職員として知床博物館、知床自然センターで勤務の後、知床博物館館長を努める。長年にわたりオジロワシの調査に携わってきた知床の鳥類研究の第一人者。