知床五湖の花を調べる
2021年夏、私たちは知床五湖ではどのような植物が生育しているのかを正確に把握するための植生調査を実施しました。
知床財団が独自事業として行っている植生調査としては、2014年から実施しているフレぺの滝遊歩道に続き、2か所目となります。
これまでの知床五湖に生息する草本植物の開花情報は断片的なため、今現在の開花時期や種を正確に記録したものは残っていません。また、知床五湖周辺には多くのエゾシカが生息しており、植生への影響が懸念されているため、開花種を確実に確認していくことも重要です。開始年となる2021年は、知床五湖周辺の植生現状を把握するためにまずは植物リストを作成することにしました。
調査方法
調査は知床五湖開園期間中の6月から9月までの4か月間、知床財団の担当職員3名で計6回実施しました。
調査は高架木道を含む地上遊歩道入口を起点とした約3㎞の遊歩道上を踏査し、歩道ルート上から左右約2mの可視範囲において確認した草本植物を記録しました。
ヒグマとエゾシカに調査をはばまれる
調査を予定していたその日のその時間にヒグマが出没、または滞留している場合は調査をすることが
できません。
また、種の特定ができず開花を待っていた花をエゾシカに食べられ肩を落とすことも度々ありました。
私たちを悩ませたツツジ科
今回の調査では、同定に苦戦したものがいくつかありました。なかでも、ツツジ科(ERICACEAE)の同定には悩まされました。
調査を開始してわかったことですが、知床五湖にはイチヤクソウの仲間だけでも、ベニバナイチヤクソウ、イチヤクソウ、ヒトツバイチヤクソウ、ジンヨウイチヤクソウが開花しており、それぞれの個体を注意深く観察する必要がありました。
この仲間は、つぼみの時期が長かったため、花が咲いた時の喜びはひとしおでしたが、そこから同定するまでは苦労の連続でした。
同定の決め手は、花柱(雌蕊)は曲がるか、曲がらないか(そもそも曲がっているとはどの程度を指すのかで混乱)確認し、更に、萼片は細長く、長さは幅の2倍以上あるか、そうでないか。2倍以上ならイチヤクソウ。しかし、時に葉の退化した品種もあり、花茎が紅紫色、花冠も赤みをおびるものはヒトツバイチヤクソウ。また、その萼片の先はとがるのか、とがらないのか(とがらないのであればジンヨウイチヤクソウ)など、確認する箇所が多岐にわたる種であったため、生育環境も含め総合的に判断する難しさがありました。
フレペの滝遊歩道と知床五湖を比べて
現在フレぺの滝遊歩道沿いで確認されている花が110種であることと比較すると、今夏のわずか6回のみの調査で173種の開花を見せた五湖には植生の豊かさを感じずにはいられません。五湖には、五湖ならではの水生植物、森林性や草原性の植物など、多種多様な花が私たちの目を楽しませてくれるのです。
2年目の調査に向けて
2021年度の調査では4か月の短期間ながら多くの草本植物の開花を確認することができました。しかし、植物リストの作成については、現地観察のみでは同定が困難な種も多く存在しました。今後は同定精度の向上のためにも標本採取のを検討する必要があります。
知床は、狭いエリアながら多様な環境が凝縮しており、それぞれの環境に適応した花が咲いている稀少な場所です。植生調査は地道ですが、一つ一つの情報を積み重ね、次世代に繋いでいくことが重要です。今年も新たな植物との出会いを期待して、調査を継続していきたいと思います。
※植物の採取は禁止されています。
国立公園の特別地域内では、許可なく植物を採取することが禁止されています。調査で標本として植物を採取するためには、環境省や林野庁などその場所を管轄する関係機関へ申請書類を提出し、許可をもらう必要があります。