お騒がせの斜里市街地ヒグマ出没
斜里市街へのヒグマ出現がマスコミを賑わしているようです。報道されている写真が撮影された場所は、何と斜里町の中心市街。某代議士の実家の中華料理店前でした。
斜里町役場は今朝からマスコミの問い合わせや、どうして撃ったんだぁ~~!?という苦情対応に追われているようです。
クマを直接見た斜里の街中の住民はちょっとビックリだったかもしれませんが、現場では淡々とかつ迅速に対応が終了しました。今年も全国各地でクマ出没大騒ぎですが、知床ではどこやらの町のようにパニックになって大騒ぎすることはありません。
斜里市街突入は初めてでも、これまでも斜里市街ギリギリの接近はありましたし、今回のような市街戦は羅臼町や同じ斜里町でもウトロの市街地では特別珍しいことでも何でもありません。騒いでいるのはむしろ外の人々です。
斜里町では毎年600~800件ものヒグマ目撃に対して、さまざまな対策を行ってきています。この数字は、2004年、2006年と大爆発したツキノワグマの異常出没の時、大騒ぎしていた一つの都道府県における出没件数に匹敵しています。一つの県全体で驚天動地のパニックを引き起こした件数と同じくらいの状況が、たった一つの町で毎年ごく普通のことなのです。
今年、本州各地で言われているような「山の実りが不作、餌不足、異常出没」というようなことではありません。豊かな自然に恵まれた知床では、ドングリが少なくても、ヤマブドウやサルナシ、ハイマツなどさまざまな果実が補ってくれます。さらには川に遡るサケ・マスが海の恵みをもたらします。また、今秋は木の実はおしなべて豊作でした。事件のクマたちも丸々とよく太っていました。知床では山の実りがあろうが無かろうが、クマたちは毎年たくさんお出ましになるのです。 ( 写真: 知床のヤマブドウ)
この様な状況の中、斜里町におけるヒグマ対策は、畑で農業被害を起こすヒグマを除けば、基本的に命を奪うことのない対応が中心です。威嚇弾を撃ち込んだり、犬を使ったり、工夫を重ねて、クマがいては困る場所から追い払います。人の近くに来ると怖いぞと言うことを学習させようとしています。そのような努力の上で、学習効果がなく、どうしても危険性が排除できない場合や緊急性が高い場合は、駆除も重要なオプションとなっています。しかし、それは選択肢の一つにすぎません。
全国津々浦々、ほとんどの地域でクマを見れば即撃ち殺すのが全てという対応が行われている中、斜里町は毎年600~800件もの出没に対して、駆除せざるを得ないものは10頭前後です。しかもそのほとんどは、農地で直接作物に被害を与えていたものです。
市街地での出没では、周縁部では山林へと追い返す対応が主に行われます。しかし、発見時点で既に市街地の中心部に入ってしまっている場合には、どちらの方向に追い払っても興奮したクマが市街地を駆け抜けることになり、追い返すことができないことがあります。そんな時は、躊躇している間はありません。仕方なくその場で射殺することもあります。今回の斜里市街地への出現は、まさにこの様な例でした。しかも、斜里市街地は広大な農耕地帯の中にあって、追い返すべきクマが通常生息している山までは10km以上も離れており、追い返して山まで安全に誘導することは不可能な状況でした。
こんな時、良く言われるのは「麻酔銃で捕まえて、山に放してやればいいのに・・・」という話です。しかし、それは麻酔銃や麻酔薬の特性を知らない人の意見です。麻酔銃の弾が当たったら、動物はすぐにバッタリ倒れると思っている人が多いのですが、それはテレビで「野生の王国」なんかの見過ぎです(あっ!ちょっと古いか・・・)。 ヘリコプターからゾウを麻酔銃で撃つと、すぐ眠ってしまうような映像が繰り返し放映されていましたが、あれは編集されているからそうなっています。麻酔薬は効くまで時には10分以上もかかります。大型獣の場合は1発で必要な量を注入できるとは限りません。撃たれると、驚いて走ってしまうでしょうから、眠るまでの間、もうろうとしたクマが市街地をうろつく状態は非常に危険です。その間、どこに行ってしまうかも分かりません。また、麻酔銃は射程が短く、すぐ近くまで近付かねばならないので、危険性が高い動物が興奮しているような時にはなかなか使いづらいものです。
かつて北海道で長く続いた春グマ駆除。これは実質的にはヒグマ絶滅化政策でした。集落や農地に接した里山、それに続く山麓部あたりから、ヒグマは徹底的に駆逐されました。
それが終結してかれこれ20年。彼らは確実にかつての領域を回復しつつあります。そして、近郊の山々をまじめに歩くようなハンターはどんどんいなくなり、高齢者ばかりとなって捕獲圧は急減しています。つまり、人の生活圏とヒグマの生息地は緩衝帯を失って近接し、捕獲圧が低下したことでクマたちはたやすく境界を越え、かつ、捕獲にさらされていないクマたちは呑気に人の近くに現れるという構図です。北海道ばかりでなく、これはむしろ今、全国各地で大問題となっているイノシシ、シカ、サル、クマなどの問題で典型的な構図です。高度成長期に奥山に追いやられた獣たちが逆襲を開始して、人の生活圏に押し寄せつつあるのです。
そのような背景の元に、例えば、北海道では、札幌市西区や南区のように人口密集地に隣接した山林にさえヒグマが普通に生息している状況が生まれたり、今春の帯広市の事件のように山から遠く離れた平野部の農耕地の中の山林でヒグマによる事故が発生したり、ということが起きています。知床の近くでも、標津町の地元NPOと北大のチームによるヒグマの追跡調査で、大牧草地帯と市街地近郊を縦横無尽に動き回るヒグマの実態が明らかになって来ました。
そのような状況のもっとも進行した例が知床です。その知床としても、今回のクマたちは、ちょっとあんたらやり過ぎだよ~~、といった無鉄砲な行動でした。
しかし、これはもはや知床の特殊な例と言っていられない状況なのです。
生物多様性が日常語になった今日、かつてのように殺戮し尽くしてヒグマを奥山に追いつめるような対応は選択肢になり得ないでしょう。また、仮にやるにしても、後10年もたてば希少種・絶滅危惧種化することは間違いない狩猟者だけに依存して行うことは無理なことです。
たとえ都市近郊であっても、森があれば当然クマがいる、油断禁物であることを共通認識にしなければなりません。出会わないための、あるいは、引き寄せないための手段は、至極簡単に学ぶことができることです。それを交通ルールと同程度に北海道民共通の常識としなければなりません。
そうすれば、人にとってもクマにとっても不幸な結果になる出会いの多くを防ぐことが可能です。
さらには、万一の場合にも即応できる危機管理体制の再構築が必須です。猟友会の人々のボランティアに依存した安易な体制は崩壊間近です。斜里・羅臼両町と知床財団の取り組みや、最近試行をはじめた標津町のように、地域の自然環境や野生生物に関わる課題に地に足をつけて取り組む人材の配置がなければ、爆発寸前の野生動物問題、特に高度な危機管理を必要とするクマの課題には対応不可能です。
(知床財団事務局長 山中正実)