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イワウベツ川

 今年9月以降、知床国立公園斜里町側のイワウベツ川では、カラフトマスの遡上が始まると、複数の若グマが頻繁に出没するようになり、そのクマたちを写真に収めようと多くのカメラマンや観光客が集まり、混雑、混乱するという状況が道路が冬季閉鎖になるまで続きました。人とクマの距離が数メートルの至近距離まで接近したり、結果的に取り囲むような状況も発生していました。また撮影のための誘引に使ったと思われる頭を落とした11匹のサケが見つかるといった悪質な事例も発生しました。

 かつてイワウベツ川では、河口にある孵化場のウライ(採卵用親魚を捕獲するための堰堤)のため、孵化場より上流に魚は遡上できませんでした。実は知床世界自然遺産地域内でも自然遡上し、産卵するカラフトマスやシロザケを容易に観察できる川はそれほど多くありません。どうにか魚が遡上し自然産卵できる環境を実現したいという思いから、まずは人の手でウライの上流側に放流する取組が始まりました。その後さらに孵化場を運営するさけ・ます増殖事業協会によってウライを通過できる魚道が整備され、捕獲時以外は魚が魚道を通って親魚が上流に遡上できるようになりました。改良が実現したのは、カラフトマスやシロザケが川を遡上して産卵し、孵化した稚魚が川下り、海で成長した後、再び産卵のために川を遡上する、そんな命のサイクルが繰り返されてこそ世界自然遺産であると思いが皆にあったからだと思います。

 遡上するカラフトマスやシロザケは鳥や獣、さまざまな生き物たちの命も支えます。ヒグマが魚を狙って集まることも、そのこと自体は極々自然のことであり、本来知床では当たり前だった光景なのです。一方で遡上、産卵するカラフトマスやシロザケを見てみたい、それを捕食するクマの姿を見てみたい、写真に収めたい、知床を訪れる旅人がそんな思いを抱くこと自体もこれまた自然なことだと思います。

 クマは魚を食べたい、人間はそんなクマを見たい、撮りたい…。クマと人の出会いが日常化すると、その状態にクマも慣れてその距離はさらに縮まります。またクマ社会の中で弱者の若いクマは大きなオスグマと人を天秤にかけるとすれば、人に危害を与えられる恐れの少ない保護区内ではオスグマのほうが脅威であり、人に姿をさらしてでも白昼川に出て魚を捕ることを選ぶことになります。若いクマは人が常時いる環境にも順応しやすく、堂々と人前で魚を捕るようになります。

 ここまでであれば、何も問題ないのかもしれません。人に対するクマの許容度が高ければ、突発的な事故の恐れは低くなります。ただ、ここまでで終わらないのではないかという危惧を私たちは抱いています。

 一つは人がいても姿をあらわし、さらに人と数メートル距離まで接近しても気にしないクマは保護区の外でも内と同じ振る舞いをするのではないかという心配です。イワウベツ川から人の生活する集落までは数キロしか離れていません。保護区外、例えば街中で、人がいるところに堂々とクマが出てくれば、大変なことになります。結果的に何も起こらなくても人は許容できないと思います。また農地に堂々と出没して作物を食べていても許容することはできません。さらに人に見られてもそのまま逃げなければ、すぐ簡単に駆除されてしまいます。要するに人のクマに対する対応は保護区の中と外では全く違うわけです。クマのほうが人の作った保護区の内と外の違いを認識し、行動を変えてくれればよいですが、クマ自ら学習できるでしょうか?それをクマに学習させることはできるでしょうか?結果的に保護区内での人との関係に慣れてしまったクマは保護区外に出てしまえば、生き延びることはできないのではないでしょうか?

 もう一つはいくら人に対するクマの許容力が増したとはいえ、野生のクマです。数メートルの至近距離では、人のちょっとした不用意な動きが時にはクマを興奮させてしまい、人身事故を誘発するのではないかという心配です。道路上で三脚を立てて望遠レンズを構えていたカメラマンの列にクマが接近して、あわてて後退しようとして転倒したカメラマンにクマが驚くといった場面や、クマの行く手を遮ってしまい、クマが興奮したケース、ある程度クマの動きを知っている常連のカメラマンが接近すると、集団心理でコンパクトデジカメを構えた家族連れ一般観光客も同じようにクマに接近したり、追いかけたりするといった場面にも出くわしており、不慮の事故が発生しないかとても不安になります。

 来年もまた今年と同じような状況が発生するかもしれません。来年は今年よりも少しでも良い方向に持っていかねばと思っています。ただ正直なところ、今問題を解決する画期的なアイデアを持ち合わせているわけではありません。保護区内では「自然な」振る舞いをするクマがいて、保護区を訪れた人はそんなクマを見ることができる、保護区外ではクマは人の生活圏には姿を見せず、人の財産には決して損害を与えない。そんな人にとって虫のいい話は実現しうるのでしょうか?何か良い手はないでしょうか?・・模索する毎日です。(増田)

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