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イワウベツ川のクマ、その後・・・

昨年秋、このコーナーでイワウベツ川に出没する複数の若グマと、カメラマンや観光客との至近距離での危うい接近についてご紹介しました。秋も深まるにつれて観光客やカメラマンの数は少しずつ減っていきましたが、このクマたちの出没自体は11月末道路が冬季閉鎖となるまで続きました。その間周辺道路のパトロールや、花火やゴム弾での追い払いや忌避学習付け(人前に姿をさらすと嫌な目に遭うと学習させる)を繰り返し行いましたが、行動に変化はありませんでした。

 今年4月、雪解けが進む中、我々は彼らの行方がとても気になっていました。冬眠から目覚めると、いろいろな意味で成長して、もう人前にノコノコ出てくるようなことはなくなるのではないかと、淡い期待も少しありました。
 が、期待はあっさり裏切られました。4月中旬冬期通行止めが解除されると、2頭はイワウベツ川周辺で目撃されるようになりました。
 そして4月下旬には、2頭のうち1頭が国立公園から出て知床半島基部方向に海岸線に沿って移動を始めました。連休の最中5月5日には、観光の車が行きかう国道沿いでエゾシカを捕食、見物する車で渋滞が発生、一度追い払いましたが、再び同所で別のシカを捕まえて再出没、9日には国道上を歩き、車が立ち往生、たまたま通りかかった地元の人がクマ撃退スプレーで追い払うといったことがありました。この間、我々も出没情報が入る度に現場に急行し、花火やゴム弾などでの追い払い、忌避学習付けを試みましたが、やはり出没状況に変化はありませんでした。そして連休明けの10日にはさらに半島基部方向に移動、広大な農業地帯となる斜里町峰浜集落の国道上や休業中のドライブイン駐車場を徘徊、再び国道上をウロウロ横断して藪に入ったところで最終的に駆除となりました。結果的に最期まで人に対する警戒心に乏しく、至近距離まで人や車に接近したり、白昼堂々と路上をウロウロするといった行動は変わりませんでした。

 出没時の花火やゴム弾などでの追い払いが、効果を発揮して人前に出てこなくなるクマも多くいます。しかし一方で、このクマのように効果が見えないまま出没を繰り返し、出没、追い払いのイタチごっことなるケースもあります。かつてこのようなクマを生け捕りにして別の場所で放す移動放獣を試みたことがありますが、すぐに戻ってきてしまい、知床では成功していません。残念ながら、こうなってしまうと、決め手に欠く状況となってしまいます。

 最近ではヒトではDNA解析の技術がさまざまな場面で活用されていますが、クマにおいてもDNA解析から個体識別をしたり血縁関係を知ることで、そのクマの経歴を辿ることができるようになりました。峰浜で駆除となったこのクマのDNAを解析※したところ、やはり昨年秋にイワウベツ川に出没していた2頭のうちの1頭(オス)と同一であることがわかりました。一般的に親離れ後、オスはメスに比べ、生まれた場所から大きく移動分散すると言われていますが、結果的にその通りとなっています。母親から独立した若いオスにとって、生まれ育ったエリアからの分散は試練の時だと言えます。
 またもう1頭(メス)のほうは少なくとも5月上旬までは保護区の境界付近にとどまっていたようですが、この2頭は異母兄妹であったことが採取した皮膚片のDNA鑑定から明らかになりました。仲良く2頭で出没していたことから、同じ母親から生まれた兄弟姉妹(同腹子)と思っていましたが、父親は同じで、母親は異なるということは、この2頭は異なる母親から独立した後にたまたま出会い、行動を共にすることとなったようです。クマの場合、父親は子育てに参加しませんので、本人たちは父親が同じであることはわからないはずです。

 その他にもDNA鑑定から詳しいこのクマの経歴がわかりました。母親は以前から知床五湖やイワウベツ周辺で目撃されていたクマで、DNAによる親子判定から、一昨年秋、イワウベツ川流域にある温泉ホテルのゴミ箱を破壊し、生ゴミを食べているところを駆除された若グマがこの母親の子であることがわかっていますのでイワウベツ川流域を行動圏としているようです。そして同じ年にこの母親は5月上旬、7月上旬と、イワウベツ川で1歳の子2頭を連れているところを目撃されています。その後、7月下旬には単独の母親が目撃され、その後2頭が頻繁にイワウベツ川で目撃されるようになったことから、この時点で2頭は母親から独立したようです。この2頭は一昨年の夏、人を見ても無反応で、しばしば数メートルの距離でカメラマンに囲まれて撮影されていた1歳のクマたちです。このうちの1頭が今回のクマで、もう1頭はその後姿を消し(このクマの消息は不明です)、どこかで異母の同齢メスと出会い、昨年はこのメスと行動を共にしていたことになります。つまり峰浜で駆除された時このクマは3歳ということになります。
 昨年一緒に行動していた2頭のうち、母親の行動域を離れ、保護区の外に出たオスは結果的に命を失いました。一生ずっと保護区の中、国立公園の中にとどまっていたのであれば、人を気にしないふるまいは許容されたかもしれません。しかし、この若いオスグマのように保護区を出て、人の暮らしがある集落の近くで同じようなふるまいを続ければ、やはり許容することは難しくなります。さらに躊躇なく人の暮らしがあるところに近づくとなれば、生ゴミに餌付くなど今度は食べ物求めて積極的に人に近づく危険なクマへと変貌するリスクも高くなります。
 一方で保護区内、国立公園内では、クマを見たいと思って訪れている人も多くいます。恐れず至近距離まで人に接近するあるいは人の接近を許容するクマの存在を否定するどころか、むしろ歓迎するかもしれません。クマが同じふるまいをしても、人がそれを許容できるか否かは時と場所で変わってしまうということです。クマの立場からすれば、人の身勝手と映るかもしれません。クマのほうも保護区内では人から危害を受けることはあまりありませんし、人のほうもクマも見たい、写真を撮りたいと距離を詰めると、両者の距離は今後も縮まる方向に進むはずです。人もクマもお互い許容度が高まれば、突発的な遭遇などによる事故の恐れは減少するでしょうが、一方でこれまでなら考えられなかったような場所、時間帯の出没、例えば昼間に街中や道路上に出没するといったケースは増加すると思います。クマの管理が保護区内だけでは収まる話ではない以上、保護区内も含めた人の管理も同時に進めなければ片手落ちになってしまいます。
 これからどのように保護区内、保護区外でクマと向き合っていくのか?知床での人とクマの関係はまた新たな局面を迎えています。

※DNA解析によるヒグマの血縁関係の研究は、ダイキン工業株式会社様の支援によって、北海道大学獣医学部・知床博物館・知床財団の共同研究として実施しています。

2012年7月。格好の撮影対象に。

2012年10月、サケマス孵化場に侵入。


2013年9月、別の同齢メスと行動を共にするようになる。

2013年9月、駐車中の車を物色。


2013年10月、この年も格好の撮影対象に。

2013年11月、相変わらずイワウベツ川沿いに。


2014年4月

2014年5月、国立公園外へ移動。

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