トド調査続報その1(2014年度冬季)
11月10日に当ブログで「今季のトド調査スタート」とお知らせしましたが、続報その1です。
10月末以降の調査実施日の中では、11月8日がある程度まとまった頭数の群れの「初認日」でした。
その後、知床半島東岸(羅臼町南部~標津町北部)でのトドの確認頭数は例年どおり徐々に増えており、
12月7日には6ヵ所ある調査定点のうちの1ヵ所で、46頭以上の遊泳個体を発見しました。
ただし今年度は20年以上ぶりに、11月の早い
時期から群れに対する強い攪乱があるため、
トドの警戒心がやや強くて遊泳個体をカウント
しにくい状況です。
そのため、定点から見えていたトドの実際の
頭数は、もう少し多かった可能性があります。
今季はこれまでに、計3頭の標識個体の全文字判読に成功しました。
この3頭のうちの1頭(Б 745)は、2012年度と2013年度にも羅臼町沿岸の定点で観察
されています。
つまり、3冬連続で知床半島東岸(根室海峡北部)へやって来たことが確認されました。
トドに対する標識付けは、ロシアの研究者により1989年から、アメリカの技術を導入して
続けられていた作業です(一部の年にはアメリカや日本の研究者も参加)。
ロシアの無人島にあるトド繁殖地で、まだ海に逃げない生後1ヵ月くらいのトドの赤ちゃん
(パップと呼びます)を捕まえ、マスクをかぶせ、麻酔ガスを専用麻酔器で吸わせて
おとなしくさせます。
その後、焼印を横腹の少し背中寄りの位置につけます。多くの個体では胴体の左側に文字が
つけられています。
成長して毛皮が伸びると文字も大きくなり、遠くからでも文字を読むことができる仕組みです。
焼印の文字は通常、先頭のキリル文字(ロシア語のアルファベット)と1~3ケタのアラビア
数字で構成されています。
キリル文字は繁殖地の無人島や岩礁の名前の頭文字を示しており、
たとえばБ(ベー:ロシア語のB)が先頭に付いているトドは、
中部千島のБрат-Чирпоев島で生まれたことがわかります。
数字まで全て読めば、個体識別ができます。年や日をまたいで同一個体を確認できれば、
そのトドが毎冬羅臼町沿岸に来ているのか、一冬の間ずっと滞在しているのか、
それとも短期間滞在するだけで通過していくのかなどがわかるため、
私たちは頑張って個体識別を試みています。
しかし知床半島で、生きているトドの調査をするのは簡単ではありません。
ましてトドの焼印文字を読んで個体識別をするとなると尚更です。
知床にはトドの恒常的な上陸岩礁が無いため、泳いでいるトドを数えたり、波間に見え隠れ
する焼印文字を解読する以外に方法が無いからです。
それでも、最近はデジタルビデオカメラの性能が良くなってきたため、遊泳個体の焼印文字
の解読成功率がかなり上がってきました。
ただし、フィールドから帰った後も、膨大な量の動画ファイルと格闘しなければならなく
なったことが難点です。
世界自然遺産は定期的にその保全状況を報告することをユネスコ(国際連合教育科学文化機関)
から求められます。
世界自然遺産「知床」の保全状況については、2012年の第36回世界遺産委員会で審議され、
いくつかの宿題が日本政府に与えられました。
そのうちトドについては、
1)年間捕獲割当数や捕獲数に関する情報のアップデート、
2)遺産海域内の個体数の動向、
3)漁業者との摩擦対応の進捗状況
以上の3点についての回答を、2015年2月1日までにユネスコ世界遺産センターに提出すること
を求められています。
私たちが9年間行っている調査の結果は、上記2)の宿題に対する回答の一部として
活用される予定です。
(担当 石名坂)