北海道大学獣医学部の実習をおこないました
9月14~17日の期間、北海道大学獣医学部の野外実習を受け入れました。
この野外実習では学生の皆さんに、知床の森で実際にフィールド調査を行ってもらい、野生動物の生態や保護についての知識や技術を学んでもらいました。
今回参加したのは獣医学部4~5年生22名で、3班に分かれて活動してもらいました。各班は知床に来る前に、どのような調査をするかテーマを決め自主的に事前学習してきていました。どのような調査を企画して、どのような結果が出たのでのしょうか?
1班のテーマはヒグマの食性と寄生虫
2班のテーマは小型・中型動物と寄生虫
3班のテーマはシカと植生とダニ類
実際に班ごとにレポートを書いていただきましたので、気になる結果は続きをご覧ください。
1班:ヒグマを介した陸と海のつながり
1班はクマ糞とクマの腸管標本から、クマの食性調査と寄生虫調査を行いました。
また、この時期のクマは遡上するサケ・マスを食べているという情報もあったので、知床財団の方からカラフトマスをいただき、クマから検出されるような寄生虫がマスから検出されるかも調べました。
クマ糞は岩尾別川河口付近と、幌別川河口付近で得られたものを用い、糞内容および寄生虫の卵を調べました。
糞内容は、水で洗いながらザルで濾して調べました。結果はヤマブドウやスモモばかりで、マスはほとんど出てきませんでした。今年はマスがあまり遡上していないそうなので、クマはヤマブドウなどに頼らざるを得ないということでしょうか…。
寄生虫卵は遠心分離後に浮き上がってきた虫卵を顕微鏡で見ました。線虫や鉤虫、ダニの卵などが出てきました。
クマの腸管は6月頃に農地で有害捕獲された個体のものを調べました。成獣からはクマ回虫が検出されましたが、幼獣からは検出されませんでした。クマ回虫に関してはまだわかっていない部分も多く、どこで感染したのかは不明です。
カラフトマスの腸管からはアニサキス、ニベリン条虫、鉤頭虫などが検出されました。
ここまでの結果からは、今の時点でクマはマスを食べていなさそう…ということになります。今年はカラフトマスの遡上が少ないそうなので、それが原因かもしれませんが、今回は「陸と海の繋がり」は確認できませんでした。
追記 : 糞を探している途中、実際にヒグマと100mの距離で遭遇しました。幸い何も起こらずにヒグマが去っていってくれましたが、一瞬みんな緊張感に包まれました。
2班:知床に潜む寄生虫と小型・中型哺乳類
2班は寄生虫と小型・中型哺乳類をテーマに調査しました。
目的は二つ、
①知床の小型・中型哺乳類の糞便を検査し、糞便に含まれる寄生虫から、本来の宿主-寄生関係が保持されているかについて調査する
②それらの糞便から食性を調査し、知床を取り巻く環境や生態系(食物連鎖の関係)を覗く
です。
私たちは森に入り動物達の糞を集め、糞中に含まれる寄生虫や未消化物を調べたり、ネズミを捕獲して剖検、糞便検査をしたりしました。
・1日目
森にはいりひたすら糞さがし。 道の真ん中などあちらこちらに動物の落とし物。
ヒグマの糞もありました。
タヌキの溜め糞を発見。
タヌキは同じところに糞をするため、容疑者は現場に戻るというようなこと信じ、溜め糞付近にカメラを設置。
途中でシカやキツネにも遭遇!
夕方にはネズミ捕獲のためにウトロ周辺の森にネズミ捕獲わな(シャーマントラップ)40個を設置(捕獲許可はとっています)。
捕まる瞬間を撮るためにこちらにもカメラを設置してこの日の活動は終了!
・2日目
昨日しかけたトラップを見にいきました。
なんと17頭捕獲(そのうち1匹は作業中に脱走)!。捕獲率は16頭/40罠で40%と、高い割合でした。
約半数がアカネズミで他にはエゾヤチネズミやヒメネズミが捕獲されました。
カメラにもトラップ周辺を跳び回るアカネズミの姿が激写されていました!
シカのスレンダーな足もチラリ…
そして、溜め糞付近に設置したカメラを回収に。
結果は…
なんと、2頭のタヌキが姿を現していました!
そしてラボに帰り、ひたすらサンプルの解析です。
キツネの糞からはセンチコガネの一部やネズミと思われる毛や骨の数々が!
イタチの糞からも毛がでてきました。
タヌキの糞からは何も出ず。財団の石名坂さん曰くタンパク質を食べた時の糞の臭いがするとのことなので、何か消化性のよいタンパク(魚?)を食べていると考えられます。
ネズミの剖検では、寄生虫感染を示唆する所見もみられました。この寄生虫は、大学に戻って同定してみたいと思います。
各種動物の糞便検査では、他の動物に比べてネズミで多くの寄生虫卵がみられ、ネズミが感染症の媒介動物であることを実感しました。
さらに、知床財団で保管されていたエゾクロテンも解剖させていただきました。
車道でひろわれたので、交通事故が死亡理由と考えられていましたが、内臓には目立った所見はなく死因は謎につつまれました・・・。
今回の実習ではサンプリングの仕方、サンプルの解析の仕方、寄生虫卵の鑑別など実践的なことを学ぶことができました。
3班:シカとダニ,時々植物
私達の班は、知床のシカ、ダニ及び植物について調査を行いました。
①シカ体格評価法の提案
雄ジカの横方向の写真を撮影し,体長/体高および腹の厚み/体高から,体格と栄養状態の比較評価を試みました。しかし、雄ジカとの遭遇機会が少なかったことや、茂みや木などに遮られ評価できるほど横からうまく撮影できなかったことから、不十分な検討に終わりました。
今後、新たに遭遇した雄ジカの画像データ蓄積と過去に捕獲した個体のデータを解析することによって、本法を適応可能か否かが明らかになることを期待しています。
②防鹿柵内外の比較
植生及びダニの分布を、防鹿柵の内外で比較しました。柵の外には鹿が食べないワラビなどのシダ植物が多く見られましたが、柵内には鹿が入ることができないため、ススキなどの稲科の植物やヨモギ、シロツメクサなどの発育が見られました.
旗振り法によるダニ採取を行ったところ、柵内では幼ダニ・若ダニしかみられず、その数も僅かでした。一方、柵外では全ステージ(幼、若、成)のダニが見られ、柵内よりも遥かに多く採取することができました。柵内にはネズミやキツネなどの小型~中型哺乳類は入ることができますが、鹿など大型哺乳類は入ることができません。そのため、吸血する対象の動物が少なく、ダニの数も少ないのではないかと考えられます。
③ダニ分布の違い
子ジカ、成ジカ、アカネズミ、エゾリスからダニを採取したところ、シュルツェマダニ、ヤマトマダニ、ヤマトチマダニと同定されました。ダニの分布は気候などによる地域差があると言われていますが、動物種によるダニの特異性は認められませんでした。
④シカが好む植物
当初はシカの食痕を探し、そこから嗜好性を見るつもりでしたが、食痕をさがすのは難しく断念しました.しかし、シカが植物を食べているのを直接目視で確認できました。彼らはイネ科植物やヤマブドウの葉、若いクマイザサ、稚樹などを食べていました。エゾシカは,若く柔らかい植物を好んで食べていると考えられます。
⑤シカの解剖
6月に死亡した子ジカ(♀、1か月齢)の解剖を行いました。シカの解体方法や臓器のしくみについて知ることができ、大変勉強になりました。また、シカには胃は4つありますが、生まれてから1か月ですでに第4胃が発達しており、胃の内容物から草を食べていたことが分かりました。
最後に
今回は各班それぞれに知床財団スタッフが付き添い、現地の案内やサンプル採取のアドバイスなどを行いました。どの班のテーマも面白く、野生動物と寄生虫や感染症の関係性など、着眼点がさすが獣医学部だと思いました。寄生虫は単体では生きていけず、必ず宿主が必要で、成長の過程で別の種類の動物に乗り換える必要のあるタイプもいます。そう考えると、寄生虫も生物多様性を保全する上での手がかりになるかもしれません。今回の実習は私達スタッフにとっても勉強になりました。
(担当:能勢)