北海道大学獣医学部の野外実習を行いました【2019年】
今年も9月24~27日の期間、北海道大学獣医学部の野外実習を受け入れました。今回の参加者は、獣医学部学生18名です。学生の皆さんには3班に分かれてもらい、知床自然センター周辺をフィールドに、それぞれのテーマに基づいた調査やサンプル収集を行ってもらいました。
班ごとのテーマは以下の通りです。
1班:「熊の糞から考えられる嗜好性と感染症の調査」
2班:「疫ノ学調査」
3班:「鹿!植物!ダニ!」
スケジュールは実質2日半、この中で野外調査とデータ分析、取りまとめ、発表を行います。忙しいスケジュールでしたが、水で洗ったクマの糞に目を凝らす人、顕微鏡を使って寄生虫卵を必死に探す人…、皆さん意欲的に課題に取り組んでいました。
実習の成果報告という形で、学生の皆さんにブログ用のレポートを書いてもらいましたので、ご紹介します。
ブログへの投稿は2013年から毎年行っていますのでよかったら過去記事もご覧ください(2018年、2017年、2016年、2015年、2014年、2013年)。
以下からが学生のレポートになります。
1班「熊の糞から考えられる嗜好性と感染症の調査」
私たちの班は熊の糞を採取し、①ポイントフレーム法、②MGL・ショ糖浮遊法、③DHL寒天培地を用いて、熊の食餌の嗜好性と糞由来で人間に感染しうる菌について調べました。
私たちは森の中を歩き回り、9個の糞を見つけることができました。また、その行程で熊の餌となる果実や葉を見つけ、採取するとともに実際に自分たちで食べてみました。採取できた植物は、ヤマブドウ、シウリザクラ、サルナシ、ツルウメモドキ、ホオノキ、ミズナラ、ネムロブシダマであり、糖度を測定した結果、シウリザクラが最も高い数値を示しました。ミズナラ(ドングリ)は糖度を測れなかったものの、非常に渋い味をしていることがわかりました。
ポイントフレーム法で糞の内容物を検査した結果、ミズナラが最も多く検出されました。これらの調査結果から、人間の嗜好性と熊の食餌の嗜好性には強い相関性は見られないことが示唆されました。
また、DHL寒天培地において糞内の細菌について調べた結果、サルモネラ菌は検出されず、大腸菌のみが検出された。したがって、糞由来のサルモネラ感染症の危険性は低いと考えられました。
今回の調査から、1)人間と熊の嗜好性は異なる、2)熊の糞や食物からサルモネラ菌に直接感染するとは考えにくいことがわかりました。
今回の実習では財団の皆さんの協力のおかげで、知床の雄大な自然を楽しむとともに有意義な調査をすることができました。ありがとうございました。
2班「疫ノ学調査」
2班は、エキノコックスの感染調査を行いました。
例年キツネ糞とシャーマントラップにより捕獲したネズミの解剖により、エキノコックスの感染調査を行ってきましたが、今年はさらに、キツネ糞周辺の土壌、川の水についても採取を行い、環境中にエキノコックスの感染が広がっているかどうかについても調査を行いました(ネズミの捕獲は許可を得て行っています)。
キツネ糞は6個採取し、ショ糖浮遊法により虫卵検査を実施しました。結果は全てエキノコックス陰性でした。また、他の虫卵等も検出されませんでした。
ネズミはシャーマントラップにより8匹を捕獲しました。解剖の結果、今回捕まえたネズミは全てエキノコックスに感染していませんでした。8匹のうち6匹がメスで、さらに3匹が妊娠していました。また1匹の左肺には白色結節があり、実体顕微鏡やスタンプ標本を観察しましたが、病原体の特定には至りませんでした。
上述の調査に並行して、外来種の調査も行いました。
キツネ糞採取やタヌキのため糞探しのフィールドワーク中に、アメリカオニアザミなどいくつか外来の植物を発見・収集しました。反対に、ハンゴンソウの群生などの在来種も複数観察され、知床に根付く自然の息吹を感じました。
また、調査中にトガリネズミと思われる死体を2体発見しました。持ち帰り剖検しようと考えましたが、翌日には腐敗が進み、残念ながら死因の特定には至りませんでした。
本実習で私たちの掲げたテーマはエキノコックスの疫学調査でしたが、今回の調査ではエキノコックスは検出されず、エキノコックス感染のリスクは低いと考えられます。しかし、油断は禁物です。感染を防ぐためにも、キツネへの接触や生水の使用などは決して行わないでください。
この実習を通じて、知床の自然の雄大さに驚かされました。エキノコックス自体、本来日本にはなかった病気であることから、外来のものとどう向き合い知床本来の自然を守るかについて考えさせられた5日間でした。
おしまい(キツネ見たかった)!
3班「鹿!植物!ダニ!」
3班は知床の鹿が環境に与える影響をダニと植物の分布から調べました。
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鹿糞の虫卵検査
ショ糖浮遊法とMGL(ホルマリンエーテル)法の2つを使って、鹿糞に寄生虫卵が含まれるかを調べました。鹿糞は、ウトロ市街地の公園で1サンプル、鳥獣保護センターの中庭で2サンプル採取しました。肝蛭がいるかもしれないと予想していましたが、顕微鏡で観察した結果、どのサンプルでも虫卵は発見されませんでした。
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エゾシカ管理による植生の変化
知床100平方メートル運動で設置された防鹿柵内外の植生の違いを調査しました。防鹿柵の中では、シコタンヨモギ(?)、ススキ、オトコヨモギなどシカの嗜好性の高い植物が多く見られました。一方、柵の外ではハンゴンソウ、ミミコウモリ、ワラビといった嗜好性の低い植物が多く見られました。そして、防鹿柵で囲われて、シカの影響を受けにくいと思われるウトロ市街地では、エゾイラクサ、在来のアザミ類、キツリフネ、ハマナスなど比較的シカの嗜好性の高い植物が見られました。他にも、イタドリが道端で見られたのですが、これもクルクルと巻いた新しい葉をシカが食べてしまうため、シカの多い地域ではあまり見られないと知りました。
以上の結果から、防鹿柵でシカの侵入を防ぐことによって、シカの採食の影響を受けやすい植物で構成される植生の回復が期待できると考えられました。
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ダニの採集・計数・同定
「旗振り法」を用いてダニを集めました。採集場所は防鹿柵内、防鹿柵外、知床自然センター横の草むらです。ダニは発育段階により幼ダニ、若ダニ、成ダニに分類されます。成ダニは顕微鏡を用いて形態から種類を同定できますが、幼ダニ、若ダニはまだ成長途中で同定は困難です。
まず、採集したダニを数えました。採集したダニのほとんどは幼ダニでした。ダニは動物に付着しており、防鹿柵外はシカやクマなどが通るため柵内よりもダニの数がかなり多かったです。一方、知床自然センター横の原っぱはシカが頻繁に現れることからかなり多くのダニが採集されると思っていましたが、ほとんど採集できませんでした。代わりにマルトビムシという土壌中の虫が旗に付着していました。
その後、採集された成ダニ、若ダニを顕微鏡で観察しました。発見した成ダニは5匹、全て柵外で採集されたものでした。5匹ともオスで、そのうち3匹がオオトゲチマダニ、2匹がキチマダニでした。若ダニは性別、種類の同定は困難ですが、チマダニ属であることは同定できました。マダニ属のダニは採集した中にはいませんでした。
やはり、動物の存在とダニの数には関連があることが確かめられました。
学生の皆さん、実習おつかれさまでした!
(担当:葛西)