北海道大学獣医学部の野外実習を行いました【2020年】
今年も9月14日~18日の期間、北海道大学獣医学部の野外実習を受け入れました。今回の参加者は獣医学部の4年生、計21名です。学生の皆さんには3班に分かれてもらい、知床自然センターの周辺で、それぞれのテーマに基づいた調査やサンプル収集を行ってもらいました。
班ごとのテーマは以下の通りです。
1班:「動物の生態」
2班:「動物の感染症」
3班:「知床自然遺産」
実質3日間という忙しいスケジュールの中で、野外調査とデータ分析、とりまとめ、発表まで行います。その中で、学生の皆さんには今回の実習の成果報告として、ブログ用のレポートを書いてもらいました。
ブログへの投稿は2013年から毎年行っていますので、良ければ過去の記事もご覧ください。
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以下が、学生の皆さんのレポートです。
1班「ドラマチック知床〜無限の自然に迫る」
私たちの班はクマ・キツネ・タヌキの食性を調べ、雑食動物であるこれらがどのように共生しているのかを考えました。そのために糞便を採取し、ポイントフレーム法で分析しました。
まずヒグマの糞は、内容物にいくつかパターンがありました。
ミズナラが中心のものは、ガチガチの軽石を素手で砕いている気分で大変でした。さらにこの時期はカラフトマスが多く川にいるので、それを食べたらしい糞便もありました。魚を含む糞はドロドロしていて臭かったです。他に種子や草本が多く含まれる糞もありました。
このカラフトマスですが、調査の途中でたくさん川に見られました。偶数年は豊漁らしく、今年は狩りが下手なクマでも捕まえられるくらいびっしりだそうです。
子連れのクマが河口にいるのを遠目に見ましたが、もしかしたらチビなクマでも狩りができていたかもしれません。見てみたかったですね。
話を戻して、次にキツネ糞の結果です。
サクラやサルナシなども含まれていましたが、動物の毛や昆虫の羽などが多く観察されました。個人的な感想ですが、臭いはクマより臭かったです。
最後にため糞が特徴的なタヌキ糞です。分析することはできませんでしたが、2日目に観察することができました。
内容物は、虫ではコガネムシとセミの幼虫、植物ではヤマグワとサクラが多く見られました。糞のあった場所はコンクリートの橋の真ん中でしたが、糞のところにだけ草が生えていたので、もしかしたら糞中の種子が発芽したのかもしれません。思わぬところで自然の強さを感じました。
研修所に帰ってからは、糖度計を用いて採集した果実の糖度を測定し、一部は食べてみました。
サルナシはキウイのような味がしましたが、まだ熟していなかったので酸っぱくて舌が痺れました。ヤマブドウも酸っぱかったですが、こちらは美味しかったです。
ナナカマドは苦くて非常に不味かったです。周りにいた友達にも食べてもらいましたが、全員が顔をしかめていました(驚いたことに、糖度はかなり高かったです!)。
私一番のおすすめはサクラ(エゾヤマザクラ?)の実です。ブドウのような味で甘くて美味しいです。
結論として、今回調べた3種(ヒグマ・キタキツネ・エゾタヌキ)は食べ物に被りはあるものの、主としている食べ物が違うため争いは起きないのではないか、という考えに至りました。
この仮説を確かめるためにはもっとたくさんの糞便、特にその時期の新しい糞を調査していく必要があると思います。また、痕跡や詳しい植生についてもさらに調査できると、より細かい分析が可能になるでしょう。
3日間にわたり、知床財団の方々には大変お世話になりました。動植物に関する知識や法律的な側面のお話も聞くことができ、とても勉強になりました。
貴重な体験をありがとうございました。
p.s.今年はスズメバチが多いと脅されていましたが、案の定スズメバチ御本尊(巣)を3回ほど拝みました。早期発見と素早いルート変更のおかげで刺されずに済んで、本当に良かったです。
2班「知床における野生動物の感染症」
2班は寄生虫卵チーム、ネズミチーム、ダニチームの3チームにさらに分かれて、知床の野生動物における感染症の保有状況を調査しました。
(寄生虫卵チーム)
私たちのチームはキツネとシカの糞便に含まれる寄生虫卵の検査を行いました。
キツネ糞はエキノコックス、シカ糞は肝蛭という、それぞれ人間にも感染する恐れのある寄生虫の検査を行いました。
キツネ糞12サンプルと知床財団の職員さんの犬の糞1サンプル、シカ糞は9サンプルを集めました。そのうち1つは遭遇したエゾシカの新鮮な糞便を用いて検査しました。キツネ糞はショ糖遠心法、シカ糞はホルマリン・エーテル法で検査しました。
結果として、キツネ・犬はエキノコックス陰性、シカは肝蛭陰性で、そのほかの寄生虫卵も見つかりませんでした。しかしこの結果は、決して寄生虫がいないことを示すわけではなく、サンプル数の不足や私たちの力不足で検出できなかった可能性もあるので、川や湖の水をそのまま飲んだり、キツネを見かけても触ったりしないようにしましょう。
(ネズミチーム)
私たちのチームは、自然界でネズミが保有している病原体を調査するため、ノネズミを捕獲し、血液、肺、肝臓を採取しました。
まず、シャーマントラップを他班とも協力して、ネズミの気持ちになりながら設置しました(ネズミの捕獲は特別な許可を得て実施しています)。翌日、16匹のネズミが罠にかかっていました。エゾアカネズミが多く、ヒメネズミも2匹みられました。捕獲したネズミには安楽死処置を実施し、その後解剖を行いました。血液は塗抹標本を作成し、血液細胞寄生性の病原体がいるかどうかを観察しました。結果、今回作成した標本には、病原体がみられませんでした。肺と肝臓は札幌に持ち帰って引き続き検査してみたいと思います。
今回は、野外で実際に野生のネズミを捕獲して検査するという、普段なかなか体験できない実習を、自分たちが主体となって実施でき、勉強になりました。
病原体が全く検出されなかったことは、個人的には少し残念でしたが、知床のような観光客も多い地域に危険な病原体が少ないことに安心しました。
(ダニチーム)
私たちのチームは、マダニが媒介する感染症の病原体の保有率を調査するため、ダニを捕獲しその種類の同定を行いました。なお、病原体の検出作業まで学外で行うのは危険であると判断し、大学に持ち帰ってから後日行う予定です。
まず、白い布を使い、近づいてくるものに飛びつくというダニの性質を利用したフランネル法を用いて、ダニの捕獲を行いました。場所は、シカがよく出現する草地2か所とネズミチームがネズミを捕獲した雑木林にしました。捕獲できたダニは、成ダニが9匹、若ダニが36匹となりました。回収はしませんでしたが、非常に多くの幼ダニも確認することができました。その後実験室に持ち帰り、顕微鏡を用いてダニの種類を同定しました。結果、成ダニはオオトゲチマダニが8匹、ヤマトチマダニが1匹で、若ダニはチマダニ属が23匹、マダニ属が13匹でした。
今回調査しようと考えている病原体(ライム病ボレリア)は、シュルツェマダニというダニが媒介することが知られています。そのためシュルツェマダニの成ダニが捕獲されなかったことでその病原体の検出は難しくなってしまいましたが、感染のリスクとしては低いということがわかりました。しかし、今回捕獲した時期は成ダニが多くみられる季節ではないため、成ダニが増える春~夏にかけては依然として感染リスクは否定できないと思います。
今回の実習中には、危険な病原体は検出されませんでしたが、自然界には野生動物が媒介し、ヒトが感染する疾病が数多くあります。野生動物とは正しい距離でお付き合いしていきましょう!
3班
3班では、知床が世界遺産に登録された理由の一つである「生物多様性の豊かさ」を調べるため、種の多様性や環境の多様性に注目して動物の痕跡調査と植生調査を行いました。また、近年問題となっているエゾシカによる食害についても調べるため、シカ柵内外での植生の比較も行いました。
1.動物たちの痕跡、多様性調査
知床の様々な場所(森林、海岸、沢、草原)を歩きながら、動物の居た痕跡を見つけ、事前学習で作成した痕跡記録シートに記録しました。他の班にも協力してもらい、結果をGPSで地図上に示して分析しました。動物の痕跡として、糞、足跡、食痕、角こすり、背こすりなどを発見しました。痕跡を発見した動物種としては、エゾシカが最も多く、他に、ヒグマ、キタキツネ、タヌキ、クマゲラ、シマフクロウ、エゾヤチネズミなども見つかりました。
シカの痕跡はどの班でも見られたことからシカの個体数は多く分布域の偏りが少ないこと、ヒグマの痕跡は発見場所が偏っていたことから分布域にも偏りがある可能性があること、魚を食べる鳥類の痕跡が多数見つかったのはこの時期にマスが川を遡上する影響によること、などが地図上での種ごとの痕跡分布状況、各班での発見動物種の違いなどから考察できました。
また、調査する中では痕跡だけでなく、種々の昆虫や魚類、鳥類、甲殻類なども見つかりました。加えて、海岸や森林など環境の違いによる植物種の多様性も見られました。1日半の調査のみでも以上のように様々な種の生物およびその痕跡が見られたことから、知床における種の多様性の壮大さを感じることができました。
2.エゾシカ柵内外での植生調査
エゾシカ柵の内外で、10×10㎡の区画をそれぞれ2地点ずつ取り、事前に作成した調査シートを用いて区画内の植生を調べました。樹木の高さや下枝の有無、稚樹の種類や数、林床植生、シカの痕跡などを調査項目として設定しました。結果として、シカ柵外ではシカ柵内より稚樹や林床の植物の数も種類も少なく、シカ柵外で残存している植物はササやトドマツなどシカの嗜好性が低い植物ばかりであることが分かりました。シカ柵内には、キハダ、ミヤママタタビ、オヒョウなど、シカが好む植物が多く確認できました。ちなみに、シカ柵外の草原の植生も、ハンゴウソウやワラビなど、シカの嗜好性が低いもので占められていました。
以上のように、シカの存在によって植物が食害を受けたり植物種が減少したりすることから、知床の森林における多様性を持続させるためには、シカの個体数調整やシカ柵による防御が今後も必要となると考えられました。
学生の皆さんお疲れさまでした!
(担当:葛西)