北海道大学獣医学部の野外実習を行いました【2023年】
今年も2023年9月26日~9 月28日の3日間、北海道大学獣医学部の学生実習を行いました。
北海道大学獣医学部の学生実習では、毎年学生が班ごとに自らテーマを設定しそのテーマに沿って調査研究を行います。
今年のテーマは
1班:『知床の自然とヒグマの食糧事情』
2班:『野生動物の寄生虫感染症』
3班:『シカが生態系に与える影響』
となりました。
限られた時間の中で調査から解析、報告までを熱心に取り組んでいる姿が非常に印象的でした。
大学に戻った後はさらに解析を加え、知見を深めたようです。
その結果を含めブログという形で報告させていただきます。
ブログへの投稿は2013年から毎年行っていますので、よろしければ過去の記事もご覧ください。
≪2022年①,2022年②、2021年、2020年、2019年、2018年、2017年、2016年、2015年、2014年、2013年≫
以下が、今年の学生の皆さんのレポートです。
~1班『人里ヒグマと山ヒグマの食性の違い』~
私たち1班は、人里に出てきて捕殺されたヒグマの腸管内容と森で拾ったヒグマの糞便内容を比較するとともに、主栄養源であるハイマツやミズナラの豊凶を調査して、今年のヒグマ大量出没との因果関係について分析しました。
まずフィールドワーク中に発見した数々のヒグマの痕跡を紹介します。
①セミの幼虫を食べるために木の根元を掘り返した跡。周囲と比較して草が生えていないことがわかります。
②木に登った跡。後ろ足の爪痕が縦に入っています。
③木の実を食べるためにクマが登って折ったカシワの枝。枝の先端にはどんぐりの帽子だけが残されています。
④背こすり木に付着した毛。
⑤壊された柵。カシワ純林に侵入したと考えられます。
続いて、ヒグマの主な食料の一つであるミズナラの豊凶について、双眼鏡カウント法で調査した結果を説明します。双眼鏡カウント法とは、指標木ごとに二人一組で立ち位置を変えながら30秒間枝先の堅果の数を数える方法で、今回は6本のミズナラの木に対してこの調査を行いました。
まず、昨年までのミズナラ堅果数を以下のグラフに示します。昨年は50~70個/30秒と豊作となっています。豊作となったエリアは翌年凶作となるケースが確認されており、今年は凶作になるという予想をして調査を行いました。
(令和5年度第1回ヒグマWG資料より引用)
今回私たちが行った双眼鏡カウント法の結果を以下に示します。グラフからわかる通り、今年は結実数が多い木でも15~20個/30秒であり凶作であることがわかります。
このことから、ミズナラの凶作がヒグマの市街地への大量出没の原因の一つであると私たちは考えました。
続いて、採集した糞便と腸管内容の分析結果について説明します。今回は糞便を篩で洗った後に残渣を格子線付きのバットに移し、格子点に被った内容物をカウントする「ポイントフレーム法」で分析しました。
糞便内容は主にミズナラから成り(80-90%)、他にはヤマブドウやアリなどが含まれているものもありました。
一方で腸管内容では不明草本、アリ成虫などが多く見られ、小麦、サルナシが入っているものもありました。また3検体で胃に小麦が詰まっていました。
以上の糞便、腸管内容物の調査結果から、今年のヒグマの大量出没について考察します。
まず、2021年までのヒグマの有害捕獲数の推移を以下に示します。5年平均捕獲数は35頭となっていますが、今年は9月28日時点でヒグマの捕獲数が例年の2倍以上となっています。
この要因としてヒグマ頭数の増加も考えられますが、ハイマツ、ミズナラの凶作が影響しているのではないかと考えました。結果でも述べたように、今年はヒグマの主な食べ物であるミズナラとハイマツが凶作でした。したがって、ヒグマの食料が不足し、餌を求めて人里に降りてきたのではないかと考えました。
また、今回は調査対象ではありませんでしたが、カラフトマスは奇数年に不漁年であるというデータがあるので、奇数年である今年のカラフトマスも不漁であったことも関係しているのかもしれません。
(知床財団HPより引用)
続いて糞便検査の結果の考察をします。
森で採取した糞、つまり人里に下りず森にいたヒグマの糞には、凶作にも関わらずミズナラが多く含まれていました。その理由として、ミズナラをめぐる競争に強いヒグマが森林にいる可能性が考えられます。この競争に負けたヒグマが食料を求めて人里に降りてきているのかもしれません。しかし、今回の調査ではミズナラの木の近くで糞を採取していたので、必然的にミズナラを多く含む糞が集まってしまった可能性があります。したがって、この考察は時期尚早かもしれません。
次に、人里に降りて捕殺されたヒグマの腸管内容物についての考察です。
捕殺されたヒグマの腸管内容物は森で採取した糞と異なりアリが多くみられましたが、下のグラフのようにアリは7月下旬でよく食べられているので適当だと考えられます。
また、糞便中にヒグマの主な食べ物であるハイマツは見られませんでした。この原因として、今年はハイマツが凶作であった理由が考えられます。また、ハイマツをめぐる争いに負けたヒグマが食料を求めて農地に出てきて、その際に捕殺されたため腸管内にハイマツが含まれていなかったとも考えられます。または、下のグラフから考えると時期的にハイマツは早かった可能性も考えられます。
森で採取した糞からは見られませんでしたが、捕殺された個体からのみ小麦が見られました。これは、食料が不足していたために人里に降り、小麦を食べていたことが示唆されます。
続いてサルナシが検出された個体ですが、農地にいたにもかかわらず農作物は見られませんでした。これは、食料を求めて農地にきたヒグマが農作物加害を起こす前に捕殺されたため、胃腸からは農作物が見られなかったのではないかと考えました。
以上のすべての調査結果から、今年はヒグマの主な食料であるミズナラ、ハイマツ、サケが凶作であるため、食料を求めてヒグマが人里に降り農作物加害を引き起こし、大量出没が起こっていると考えました。
~2班『知床の野生動物における寄生虫感染症』~
2班では、斜里町ウトロの市街地・観光地における、野生動物間での人獣共通感染症への感染状況を調査するため、市街地や山道で採取したキツネの糞を用いた虫卵検査を行いました。さらに、野鼠を捕獲・解剖して、肝臓におけるエキノコックス感染の有無を調べるとともに、腸管内容物を用いたサルモネラ感染の検査も行いました。
- キツネ糞の虫卵検査
知床自然センター近くの道路や、道の駅付近、ウトロサケテラスなどでキツネ糞を回収することができました(以下の図1参照)。
図1. 糞の採取場所(電子地形図25000(国土地理院)を加工して作成)
見つけた糞を採取し虫卵検査を行うと、直接塗抹法において犬鉤虫と考えられる虫卵が、蔗糖液浮遊法において犬鞭虫および犬回虫と考えられる虫卵が認められました(図2参照)。
図2. 犬回虫疑い(上)、犬鞭虫疑い(中央)、犬鉤虫疑い(右)
- 野鼠の捕獲と解剖
斜里町知床自然教育研修所近くの藪(以下の図3を参照)にシャーマントラップを31箇所仕掛けました。(ネズミの捕獲は特別な許可を得て実施しています。)翌日の朝に確認したところ、19匹捕獲されていました。頭胴長と尾長、体重からほとんどがエゾアカネズミと考えられます(以下の図4参照)。
図3. シャーマントラップの設置場所(電子地形図25000(国土地理院)を加工して作成)
図4. 捕獲したネズミ
捕獲したネズミには安楽死処置を実施した後に解剖を行いました。その結果、6検体の小腸に線虫と考えられる寄生虫(図5-1)が感染していました。採取した小腸の組織切片を観察したところ、パイエル板のリンパ濾胞の脱落と好酸球や好中球の浸潤が認められました(図5-2)。
図5-1. 小腸内の寄生虫 (線虫の幼虫疑い)
図5-2. 小腸パイエル板
また、エキノコックス寄生による病巣と考えられる肝臓の白色結節(図6-1矢印)や白色巣が2検体で見られました。そのうちの1検体について、肝臓の組織切片を観察したところ、病変部の胆管周囲に好酸球や好中球を主体とする炎症性細胞の浸潤が認められたことから、肝臓の白色結節はエキノコックス寄生によるものではないことが示唆されました。
図6-1. 肝臓表面の白色結節
図6-2. 胆管周囲への炎症細胞の浸潤
- 野鼠糞便のサルモネラ検査
解剖した野鼠のうち無作為に抽出した5個体について、腸管内糞便を採取しサルモネラの検査を行ったところ、大腸菌コロニーと硫化水素産生菌コロニーが観察されました(図7-1)。サルモネラであることが疑われる硫化水素産生菌のコロニーについて、生化学的性状の観察や血清亜型の判定を実施したところ、サルモネラの性状に当てはまらず(図7-2)、主要O抗原の抗血清との凝集も認められなかったことから、採取したコロニーはサルモネラ属菌ではないと考えられます。
図7-1. 硫化水素産生菌のコロニー(DHL寒天培地)
図7-2. 生化学性状分析結果
(左)TSI培地, (中央)SIM培地, (右5本)Barsicow培地(左から乳糖, ショ糖, 麦芽糖, マンニット, ブドウ糖を含む)
今回の実習で、野生動物の間で人獣共通感染症の感染環が成立しているということが示唆されました。特にキツネは市街地にも森林にも生息するため、様々な危険な感染症を人間やペットにもたらす可能性があります。また、野生齧歯類もエキノコックスやその他の感染症に感染している可能性があるため、キツネの糞に触れたり、ペットが野生のネズミを食べたりしないように気を付けることが重要です。
~3班『シカが生態系に与える影響』~
私たちの班では、防鹿柵の効果からシカが生態系に与える影響を調査するべく、フィールドワークを行いました。
フィールドワークでは、100平方メートル運動地(二次林)の防鹿柵内外と原生林、各6区画において、シカの痕跡の有無や植生の違いについてコドラートを設置し、調査しました。具体的には、「木における角こすりや樹皮剥ぎなどの有無」、「林床のササの密度、高さ、食痕」、「糞やシカ道などのシカの痕跡の有無」について記録しました。また、項目ごとに北海道森林管理局および北海道立総合研究機構が作成した評価方法を参考に改変した次の表を用い、シカが生態系に与える影響を点数化しました。
その結果、防鹿柵内では、防鹿柵外および原生林と比較してシカの影響が小さいことがわかり、防鹿柵の効果を実証できました。そのほかに、シカの食害や角こすりによって木が枯れるなど生態系に影響を与えていることや防鹿柵外でも管理捕獲による捕獲圧が高いところではシカの影響度が低いことがわかりました。このことから、今後のシカ対策として、原生林の回復には防鹿柵の設置に加えて、捕獲圧を高めるなど複数の対策を組み合わせることが効果的だと考えました。
シカの生態系に与える影響の点数化結果(①~③は防鹿柵名)
※点数が大きいほどシカの影響が大きい
シカの角こすり痕 シカのササ食痕
今回の調査結果からは植生の違いがあまりわからなかったので、シカが生態系に与える影響をより詳細に評価するには、稚樹や草本についても調査する必要があると感じました。
フィールドワークを通して、シカをはじめとするさまざまな動物の痕跡をみることができ、とても貴重な経験となりました。
この3日間私たちの調査にご協力、ご指導いただいた知床財団のみなさま本当にありがとうございました!